1952-04-03 第13回国会 衆議院 本会議 第29号
十九万人の支那事変戰没者には、本法案の一時金と比較すれば、問題にならない手当しか渡してないのでございまして、太平洋戦争による戰死傷者は、おおむね支那大陸から転戰して行つた人々——支那事変から太平洋戰争への当時の移行の状態は、皆様御存じの通りで、当然この年金支給の対象に入れられなければ公平を欠くのでございます。
十九万人の支那事変戰没者には、本法案の一時金と比較すれば、問題にならない手当しか渡してないのでございまして、太平洋戦争による戰死傷者は、おおむね支那大陸から転戰して行つた人々——支那事変から太平洋戰争への当時の移行の状態は、皆様御存じの通りで、当然この年金支給の対象に入れられなければ公平を欠くのでございます。
国家公務による戰死傷者への補償は、独立後の第一任務でありますが、これが、かくも冷たく、誠意を欠くのは、おそらく世界にその例を見ないのでありましよう。ちなみに、イタリア、西ドイツにおいては、一昨年十月、総予算の二〇・七%を投入して、至れり盡せりの手が打たれております。
さらに無謀なる戰争は、二百五十三万の戰死傷者を生み、昭和二十三年度の価格で四兆二千億の国富の被害を受けておるのであります。
それから戰死傷者の数が非常に不明瞭である。白木の箱の中に、石ころや土ころを入れたのは、人間を対象にして入れたのか、向うに生きておるのかはつきりしてもらいたい。これだけひとつお願いしておきます。御希望だつたら全部速記の方へまわしてもいいし、そうでなかつたら次の委員会で口頭で私から質問する。そのどちらがいいかということもはつきりしてもらいたい。
当時の爲政者の公約は、第一に、國民大衆に対し、この戰爭は必ず勝つ、戰爭に勝つた後においては、妻子の生活は國が保障する、あるいは子弟の教育は必ず國の力でやつてやる、こういう公約のもとに大衆を戰爭に動員し、多数の戰死傷者を出したのであります。その妻子に対する公約はどこに果たされておるか。その未亡人の生活を見よ。あるいは父母を失つた、あのいたいけな子供の姿を見よ。